日本初の市街地レースが島根県江津市で開催。新たな可能性への第一歩を踏み出した

レポート カート

2020年9月24日

日本海に面した島根県西部の地方都市、江津市。山陰地方で最も人口が少なく、東京からのアクセスが最も不便ゆえに “東京から一番遠いまち”とも言われるこの街で、日本のモータースポーツ史に新たなページを誕生させた。

ねっとの窓口A1市街地グランプリGOTSU2020
開催日:2020年9月20日
開催地:島根県江津市街地サーキット
主催:A1市街地レースクラブ、A1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会

 9月20日、島根県江津市を舞台に「ねっとの窓口A1市街地グランプリGOTSU2020」が開催された。コースは文字どおり、山陰本線・江津駅前を中心とした特設コースで、日本で初めての市街地レースとなった。

 同レースが企画されたのは、さかのぼること7年前の2013年だった。「イベントとしては夏の花火大会しかないので、何か町おこしになるようなものを考えていました。もともと(A1市街地レースクラブの)上口剛秀さんと繋がりがあったので、彼との話の中から、この市街地レース構想がスタートしました」と語るのは、A1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会の副委員長であり、江津市内で建設会社を営む森下幸生氏だ。

 一方、コンサルティング会社を運営しながら、モータースポーツでの町おこしを企画するA1市街地レースクラブの上口代表も「もともとはレースが好きで地方創生ができれば……と思っていたんですけど、江津市の協力のもと具体的なプランで準備を行ってきました」と背景を語る。

 こうして両者のジョンイントプログラムのもと、コース設計や道路の使用許可、地元自治体との調整、住民への説明などさまざまなハードルをクリアしていった。

A1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会の森下幸生副委員長は、ようやく開催に漕ぎつけられたと安堵の様子。
江津市や実行委員会との協力体制で開催に導いたA1市街地レースクラブの上口剛秀代表。ドライバーとしても参戦。

 特設コースの大会本部およびスタート/フィニッシュ地点は、江津市の複合施設である「パレットごうつ」に設置され、山陰合同銀行江津支店の駐車場にパドックエリアを設定。

 当初は全長1.7kmのコースが予定されていたが、新型コロナウイルスの影響により全長778mに縮小した。それでも江津駅に面した国道9号線と県道238号線が使用されたことは、日本のモータースポーツにおいて前例のないトピックスと言っていい。

 その景観は住宅街に加えて郵便局やホテル、ガソリンスタンド、喫茶店などの商業施設が点在するなど、まさに市街地そのもの。ラリー競技も封鎖した公道がスペシャルステージに設定されているが、日本では人里離れた山中のワインディングが主体となるだけに、今大会のコースがいかに画期的だったか、モータースポーツ関係者には分かるはずだ。

 筆者はこれまでにF3のマカオGPやDTMのノリスリンク、フォーミュラEの香港、さらにポルトガルのリスボンやメキシコのグラナファトをはじめとするWRCのスーパースペシャルステージなど、海外で市街地を舞台にしたモータースポーツを取材した経験があるが、江津市を舞台にした今大会もそれに匹敵するほどの市街地で、「よくぞ日本でこのコースを実現した」と思えるほどセンセーショナルなものだった。

ありふれた日常の光景から一転、生活道路がサーキットへと変化していくさまは圧巻のひとことだ。
コースの沿道には喫茶店や民家が軒を連ねている。この大会は地域住民の協力があってこその開催と言えよう。

 気になるマシンは200ccのエンジンを搭載したレンタル用カートモデル「ビレルN35」となっているだけに、モータースポーツファンにしてみれば迫力不足は否めないが、安全性が高いマシンであることから、手軽にコース設営が行えるというメリットもある。

 フォーミュラEなどの市街地レースでは、安全性を高めるべく、コンクリートウォールに加えてデブリフェンスが設置されているが、レンタルカートは軽量かつ最高速も低いことから、A1市街地グランプリでは手軽に設置することのできるイタリア製の安全防護帯「GoTrack」を採用。

 極めて短時間でコースの両側にバリアを敷設可能で、1DAYスタイルで開催された今大会も9時に道路を封鎖して設営を開始し、わずか2時間後の11時には設営が完了したほどだ。

 その後はJAFモータースポーツ部をはじめ、カート部会や審査委員グループら関係者によるコース視察が行われた。安全面を考慮したいくつかの不具合を改善しつつ試走を経て、いよいよJAFカートコースライセンスが発給され、臨時のコースが完成した。

市街地でのレースを前提に安全性を確保した12台のマシンを用意。選手たちは抽選で乗るマシンが割り振られる。
カート部会の小島義則部会長の指摘もあり、コースバリアの位置を調整するなど、安全なコースづくりに余念がない。

 レースプログラムも極めて短時間で、12時に練習走行を開始し、12時15分に予選、12時45分に20周の決勝がスタート。そして、13時15分に表彰式が行われるなど、わずか1時間30分で全てのセッションが終了したことも今大会の特徴と言えるだろう。

 15時の撤去完了までの時間を含めても、大会当日に要した時間はわずか6時間。新型コロナウイルスの影響により、今大会は参加者の公募を行わず、主催者が招待した12名のドライバーのみでレースが行われたことも時間の短縮に寄与している。もちろん地元・江津市の約250名のボランティアスタッフが協力したことも、スムーズな大会運営へと導いたことは言うまでもない。

 前述のとおり、参加台数は12名だが、いずれもモータースポーツの経験者で、スーパーフォーミュラやスーパーGTで活躍する関口雄飛選手、インタープロトやスーパー耐久などさまざまなレース経験を持つ松村浩之選手がオフィシャルアンバサダーとしてエントリー。さらに全日本ラリー選手権で活躍する曽根崇仁選手が参戦するなどレベルが高く、予選から激しいバトルが展開されていた。

この日のためにボランティアのスタッフが約250名集まった。限られたスケジュールの中でのコース設営は彼らなくして成り立たなかっただろう。
スーパーフォーミュラやスーパーGTで活躍の関口雄飛選手も大会のオフィシャルアンバサダー、そして選手としても参戦した。

 決勝ではスタート直後から激しいポジション争いが展開。道幅が狭い区間では追い越し禁止となっていたが、それでも決勝では江津市の中心部を舞台に見応えのあるバトルが繰り広げられた。

 ちなみに予選を制したのは曽根選手だったが、決勝では2位に惜敗。FIA-F4やヴィッツレースの経験のある大井偉史選手がA1市街地レースの初代ウィナーに輝いている。

 今大会レース中盤で多重クラッシュが発生したが怪我人はなく、オフィシャルアンバサダーを務めた関口選手は「クラッシュはありましたが、ケガはなかったですからね。タイヤバリアやガードレールだったら危なかったけれど、バリアの安全性が証明されました。新型コロナウイルスの影響で、当初予定していた1.7kmのコースでのレース開催はできませんでしたが、いろんな人の協力もあって、第1回目の大会としてはうまくいったと思います。将来的には大きなコース、速いクルマでレースができるように、この経験をつなげられるように協力したい」とのこと。

 さらにゲストドライバーとして参加した曽根選手も「国道を封鎖してレースをするのは、日本のモータースポーツではなかったことだと思います。ラリーのスペシャルステージは山間部が中心ですし、市街地に設定したとしても駐車場などのパイロンコースなので本当にすごいと思います。いい経験をさせてもらいました」とドライバーからの評価は高い。

この大会を制したのは大井偉史選手。チェッカーを受けてガッツポーズでギャラリーに喜びをアピールした。
左から2位の曽根崇仁選手、1位の大井選手、3位の篠田義仁選手。記念すべき初代の入賞者となった。

 地元・江津市の方々からの評価も高く、1コーナーの正面に位置するスーパーホテル江津駅前のスタッフも「連休中で別の駐車場をご案内するなど、お客様にはご不便をかけた部分もありましたが、こういったイベントはPRになるので江津市としてはいいことだと思います」と好感触。

 今大会は地元のケーブルテレビを通じて、島根県全域で生中継およびインターネットでのライブ配信が実施されていたことから、主催者は新型コロナウイルスの感染拡大防止の一環として自宅でのレース観戦を呼びかけていた。その一方で地元の小学生とその両親のために観戦エリアを設置。

 数多くのファミリーがコースサイドでレースを観戦していたのだが、レース後に各ドライバーへ贈られたたくさんの拍手からも、いかに地元の方々がこのレースを満喫したかが分かるだろう。

「とりあえず、無事にレースを終えることができたので、1回目の開催としては成功だったと思います。今後のプランに関しては、今大会を検証した上で考えたいと思います」とA1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会の副委員長の森下氏。

 A1市街地レースクラブの上口代表も「A1とはAnyone、つまり誰もが参加できるという意味がありますので、今後はいろんなドライバーに参加してもらいたいですし、将来的には電気を使った専用モデルでのレースを開催したい。自治体と協力してレースができるのであれば、市街地を使った自動運転の試験もできると思うので、自動車メーカーの参加を呼びかけたいと思います。もちろん、レースとしてもコース全長を増やすほか、江津市やほかの都市でも市街地レースを開催して、ゆくゆくはシリーズ化したい」と意気込みを語る。

 電気自動車でレースをするためには、コンクリートウォールやデブリフェンスなどの本格的な安全保護帯が必要となるほか、数多くのドライバーの参戦を促すためには、規則の整備やオフィシャルの技術向上、さらにエンターテインメントの部分では観戦ポイントの増加やプロモーションなど克服すべき課題は多いが、日本での市街地レースの可能性を感じることのできる一戦となっていただけに、今後の発展に注目したい。

江津駅前の特設テントには地元の小学4~6年生および同伴保護者が招待され、生のモータースポーツを楽しんだ。
地元ケーブルテレビによるライブ配信には、F1解説でおなじみの森脇基恭氏が登場。コース設計にも携わった。
この大会に訪れた人たちは皆、印象に残る1日となったことだろう。

フォト/廣本泉、吉見幸夫、JAFスポーツ編集部 レポート/廣本泉、JAFスポーツ編集部

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