「モータースポーツの歴史は?」
「世界のモータースポーツにはどのような種類があるのか?」
「モータースポーツをやってみたいけど・・・」
という方はまずこのページを開いてみてください。

モータースポーツの魅力とは

人間とマシンの限界とで戦われるモータースポーツ ― レース ―

自動車が2台集まれば競争が始まると言われているように、人間が本能的に持っている競争心と、未知のスピードに対する憧れが、モータースポーツを育んできたと言えるでしょう。

モータースポーツは、この競争という概念を、時間、距離、速度という具体的目標に置き換えて競うものです。サーキットレースで勝つために必要なことは、一番効率の良いラインを誰よりも速く走り、その間気の遠くなるような回数のシフト操作、アクセルワークやブレーキングなどを、只の一回もミスすることなくゴールに到達することです。更に刻々と変化するタイヤを含めたマシンコンディションを完全に把握して、それに対応することです。しかもライバル車も同じなので当然駆け引きをしなければなりません。高速で走るレーシングカーの中で、こんな神業的な作業がドライバーにより行われているのです。

世界中の“道”を舞台とするモータースポーツ ― ラリー ―

ラリーは決められたルートを決められた指示に従って走破する競技です。スタートは間隔を開けて1台ずつです。従って自分が速く走っているか遅いのかは目では分かりません。指示書に従って最も少ない誤差で走ることができれば優勝ですが、ラリーのコースは未舗装路も多く含まれ、指示書通りにはなかなか走れないのです。ナビゲーター(コ・ドライバーとも言う)はドライバーに色々な情報を伝えながら、ドライバーはその情報に基づいて正確に運転操作をしながら走るのです。

またクロスカントリーラリーは超長距離のラリーで何日もかけて数千km~1万km前後を走ります。しかも勝負どころは完全にオフロードです。従ってマシンとそれに乗るドライバーやナビゲーターの耐久力が非常に重要になります。コンセントレーションを長時間持続させ、マシンを壊さないでしかも速く走る。この過酷な状況を乗り越える困難さが見る者をも引きつけるのでしょう。

このようにモータースポーツは、人が現代科学・工業技術の粋を集めた自動車を使って物理限界そして精神の限界に挑戦するという、まさに筋書きのないドラマそのものなのです。

世界のモータースポーツの歩み

19世紀に産声を上げたモータースポーツ

世界で最初の記録に残るレースは、1887年フランスのパリ~ベルサイユ間で行われたと資料にあります。 1886年にダイムラーとベンツが史上初のガソリン自動車を製作した翌年のことです。この世界で最初のレースは、一般公道を使ったものでした。1895年にはアメリカでも最初のレースが行われました。この時期にヨーロッパとアメリカの両大陸で、モータースポーツが産声をあげたのです。

1900年には初めての国際レースが開催されます。このゴードンベネット杯は、現在のF1グランプリのルーツと言われています。クローズドサーキットを使用してのレースは1903年にフランスで開始されました。一方イギリスのマン島では、1905年に公道を利用してTT(ツーリストトロフィー)と呼ばれる現在のスポーツカーレースやプロダクションカーレースの原型が開催されています。

また1907年には北京からパリまでの長距離レースが開催され、これが現代のクロスカントリーレイドの原型となりました。そのほかにもヒルクライム(山や峠を登るレース)や速度記録など、1900年前後の自動車の黎明期に、すでに現在のモータースポーツの原型が生まれていたのです。

速さだけでなく、“効率”も競う現代のモータースポーツ

第1次、第2次世界大戦でモータースポーツは中断を余儀なくされましたが、この時期に自動車は飛躍的な技術の進歩を遂げます。

第2次大戦後、自動車技術は更に進化し、各メーカーが競い合う事でモータースポーツも益々発展していきました。特に1975年以降は地球の環境問題がクローズアップされ、燃費規制などがレースの世界でも取り上げられます。しかしこれらを乗り越え現在では、サーキットでのフォーミュラカーや市販車のレースは言うに及ばず、自動車競技の原点とも言えるラリー競技も世界選手権を頂点に世界各国で盛んに開催されています。

そしてアメリカでも独自の規則を持った数々のレース、例えばインディーやストックカー、そしてドラッグレーシングなどが盛んに行われています。

さらに最近では特に環境問題、自然エネルギーに目が向けられ、F1にもハイブリッドエンジンが搭載されるようになり、電気自動車を使用したレースやラリー、太陽エネルギーを利用したソーラーカーレースなども開催されています。

日本のモータースポーツの歩み

国内のモータースポーツは1960年代から急速に発展

日本で最初の自動車レースは1922年(大正11)に行われたと文献にあります。その後日本で本格的にモータースポーツが行われるのは、1962年(昭和37)に日本で最初の本格的なレーシングコースとして鈴鹿サーキットが誕生してからです。

1963年(昭和38)には第1回日本グランプリ自動車レース大会が鈴鹿で開催され、一般大衆に自動車レースの醍醐味を広くアピールしました。1964年(昭和39)には鈴鹿で第2回が、また41年には富士スピードウェイがオープンし、第3回日本グランプリが開催されています。その後変遷はありましたが、1987年(昭和62)に10年ぶりにF1による日本グランプリが鈴鹿で開催され現在に至っています。耐久レースも1975年(昭和50)代半ばから盛んに行われるようになりました。

日本でのラリー競技の発祥は定かではありませんが、1955年(昭和30)代半ばにアルペンラリーが開始されました。1964年(昭和39)にはJAF公認のラリーが2回行われ、その後年々開催数は増え続け、ピークの1983年(昭和57)には年間で263回を数えるに至りました。

ジムカーナ、ダートトライアル、カート競技。気軽に楽しめるモータースポーツも1970年代から人気を獲得

ジムカーナとダートトライアルはスピード行事と呼ばれますが、1965年(昭和40)半ばに盛んになりました。その後一旦開催数は減少しますが1975年(昭和50)に入って再び盛んに行われるようになりました。競技参加に比較的お金がかからず、普段乗っている市販車で参加でき、しかも基本テクニックが収得できるので、現在でも根強い人気を得ています。

カート競技は1958年(昭和33)に日本に導入されました。1972年(昭和47)には国際交流の一環として'72日本カートプリが開催され、1973年(昭和48)には全日本カート競技選手権が開始されています。1980年(昭和55)にはアジア選手権を冠した'80ジャパンカートグランプリが開催されました。

FIAと世界のモータースポーツ

国連の自動車版“FIA”(国際自動車連盟)

1894年に開催された史上初のロードレースを機に、フランス自動車クラブが結成されました。その後ヨーロッパやアメリカで続々と同様の団体が誕生し、1900年以前に自動車先進国ではナショナルスポーツオーソリティー(ASN=Authority Sport Nationale)の結成が終了していました。

1900年には国際レースが開催されていたこともあり、共通のルール作りの必要性から、各国の自動車クラブの国際機構が1904年に創立されました。このAIACR(Association Internationale des Automobile Clubs Reconnus)は第2次世界大戦直後まで活動しましたが、1946年発展的解消し、FIAとなりました。

FIAはFederation Internationale del' Automobileの略称で、国際自動車連盟と言います。いわば国連の自動車版で、従ってモータースポーツに関しての様々な国際ルールはこのFIAで決定されるわけです。このFIAのモータースポーツ部門は一時期はFISA=国際自動車スポーツ連盟と呼ばれていましたが、1993年からFIA世界モータースポーツ評議会(WMSC)と名称を変更しています。

JAFをはじめ世界約120ヶ国がこのFIAのモータースポーツ部門に加盟しています。ですからJAFは国際自動車連盟(FIA)によって公認された我が国の四輪モータースポーツ統轄団体(各国1団体)として諸規則の判定、管理、競技会の公認、車両の公認など、日本国内の四輪モータースポーツに関する統轄業務と国際関係業務を行っています。

JAFとモータースポーツ

1964年初めての国際競技を単独開催

JAFが1962年(昭和37)に創設されたその翌年、1963年(昭和38)に第1回日本グランプリが開催されました。主催は日本自動車スポーツ協会(JASA)でしたが、JAFはこのレースに初めて公認という形で関わりました。これを機にJAF内部にスポーツ委員会が設けられ、モータースポーツに関しての様々な規定の制定や施行を行っていきます。

1964年(昭和39)の第2回日本グランプリで、JAFは初めての国際競技を単独主催しました。これは1973年(昭和48)まで続き、その後1974年(昭和49)からはコース所有者との共催で1979年(昭和54)までグランプリを育ててきました。1980年以降はASN本来の業務、すなわちライセンスの発給、競技会の組織許可、記録の公認といった役割を果たすために、グランプリレース競技会の主催は取りやめています。

1976年F1グランプリが日本で初開催

70年代までJAFは、国内モータースポーツの振興を目的として、グランプリレースや国際レースを主催してきました。中でも1976年(昭和51)に開催されたF1世界選手権インジャパンおよび1977年(昭和52)F1日本グランプリは、日本のモータースポーツ史上に画期的な足跡を残しました。

その他、競技会の公認に始まり、コースの公認、競技車両の公認、安全対策の推進等々、様々な業務を行っています。カート競技に関しては1970年(昭和45)初級用カート競技の開催促進を図るためにエンジン規定を改定、1971年(昭和46)にはJAFカート競技規則の中にカート競技車両規則を制定しました。また1972年(昭和47)には全日本カート競技選手権を制定し、翌73年(昭和48)より選手権が実施され、現在に至っています。

ライセンスの発給から規則の制定など多岐にわたるJAFの業務

JAFのモータースポーツに関しての業務を具体的に説明しましょう。

まずモータースポーツに必要なライセンスの発給業務があります。ライセンスには、全ての国内競技会に出場できる国内Aライセンスとラリーやスピード行事に限定された国内Bライセンス、競技参加者ライセンス、カートライセンスや競技会で審判員をつとめるのに必要な公認審判員ライセンスなどがあります。

ライセンスは通常それぞれの講習会を受講すれば取得できますが、このライセンス講習会の日程はJAFに登録されており、このホームページやJAF MOTOR SPORTS誌を参照いただくか、もしくは最寄りのJAF地方本部へお問い合わせ下さい。講習内容はJAFが発行する国内競技規則、JAF国内競技車両規則、国際モータースポーツ競技規則付則H項、JAFモータースポーツイヤーブック、モータースポーツハンドブックの各資料が基本になります。勿論、講習はJAF認定の講師により行われます。またAライセンス講習会で使用されるコースは原則的にJAF公認のレーシングコースで行われます。

競技会の公認もJAFの業務で、各競技に使用されるコースについてもJAFによって、安全施設の改善指導が行われ公認されています。

クラブ・団体の公認・登録もJAFの業務のひとつ

クラブには準加盟、加盟、公認の各クラブがあり、その他にも登録団体として準加盟、加盟、公認、特別の各団体があります。また、競技用車両の公認や登録もJAFの業務です。